今日は、いつもの経営の話とは少し違って、僕自身の原点について書いてみようと思います。

なぜ公認会計士になったのか。

なぜ監査法人を辞め、30歳で独立したのか。

そして、なぜ今、

「孤独な経営者と、想いを共有する。」

という言葉を大切にしているのか。

改めて自分の人生を振り返ってみると、全部つながっていました。

病気になったこと。

ラグビーに出会ったこと。

高校で最高の経験をしたこと。

大学で思い描いていた未来を失ったこと。

公認会計士になったこと。

そして、経営者になったこと。

当時は、その瞬間を必死に生きていただけでした。

でも今振り返ると、その一つひとつが、今の僕の仕事や人との向き合い方につながっています。

少し長くなりますが、僕が何を経験し、何を大切にするようになったのか。

そんな「原点」の話を書いてみたいと思います。

10歳で知った、「一人でいる」ということ

小学生のとき、腎臓の病気を発症しました。

約1年間の入院。

薬の副作用もあり、目指していた中学受験も諦めました。

病気になってから、生活は大きく変わりました。

運動ができない。

体育の時間も見学。

みんながグラウンドを走り回っているのを、外から眺めていました。

昼休みも、友達が外へ遊びに行く中、僕は一人で教室にいることが多かった。

子どもの頃なので、当時はうまく言葉にできませんでした。

でも今振り返ると、

孤独だったんだと思います。

周りには友達がいる。

学校にも通っている。

それでも、みんなと同じことができない。

楽しそうな輪の中に、自分だけ入れない。

自分だけが少し違う世界にいるような感覚がありました。

小学6年生の夏には親の離婚もあり転校もしました。

「なんで自分なんだろう」

と思うこともありました。

ただ、中学生になる頃には一度寛解し、病気は落ち着いていました。

そして、その頃に僕をもう一度「人の中」へ連れ戻してくれたものがあります。

戸畑祇園山笠の囃子方でした。

友人に誘われて参加すると、先輩たちが、

「一緒にやろうや!」

と声をかけてくれました。

太鼓を叩く。

声を出す。

みんなで笑う。

本当に楽しかった。

小学生の頃、一人で教室にいた自分からすると、

「自分もここにいていいんだ」

と思えたことが、すごく嬉しかったんだと思います。

そこで初めて、

「仲間っていいな」

と心から思いました。

今の僕が、人とのつながりやチームを大切にしている原点の一つは、間違いなくこの頃にあります。

帰宅部だった僕が、ラグビーに夢中になった

高校に入ると、未経験だったラグビーを始めました。

中学時代はほぼ帰宅部。

体重も60キロ程度でした。

それなのに僕は、

「日本代表になりたい」

なんて本気で言っていました。

高校1年生の練習試合では、100キロを超える選手に吹き飛ばされ、鼻の骨を折りました。

でも、そのまま終わるのがどうしても嫌だった。

次のプレーで、もう一度その選手に向かいました。

今度は、相手を仰向けに倒すことができた。

あの瞬間、自分の中で何かが変わった気がします。

最初から才能があるかどうかより、

自分がどこまで本気でやるか。

足りないなら、人よりやればいい。

できないなら、できるまで挑戦する。

僕が知っていたのは、そんなやり方だけでした。

そこからラグビーにのめり込みました。

3年後には体重も95キロほどになり、キャプテンとして小倉高校ラグビー部で九州大会優勝を経験しました。

県選抜、九州選抜にも選んでいただき、慶應義塾大学から推薦のお話までいただきました。

病気で体育を見学していた小学生の自分からすると、想像もできない未来でした。

僕はこの頃、

「努力すれば、自分の未来は変えられる。」

と強く信じるようになりました。

今も僕が「成長」という言葉を大切にし、挑戦することが好きなのは、ラグビーで得たこの感覚が大きいと思います。

大学で、もう一度「孤独」を知った

ところが、大学入学直前。

腎臓病が再発しました。

高校では病気が落ち着き、ラグビーにすべてを懸けることができていました。

これから大学でもラグビーを続ける。

そう信じていました。

だからこそ、その未来が突然なくなったことを、なかなか受け入れられませんでした。

大学4年間。

試合出場は、

ゼロでした。

同級生がグラウンドで活躍する横で、僕は洗濯をする。

ボールを拾う。

水を出す。

仲間たちはどんどん前へ進んでいく。

自分だけが取り残されていくように感じていました。

でも、一番苦しかったのは、ラグビーができないことだけではありませんでした。

「誰も自分のことを理解してくれない」

そう感じていたことです。

病気の苦しさ。

ラグビーをしたいのにできない悔しさ。

高校時代の自分と、大学に入ってからの自分とのギャップ。

周りから見れば、

「病気なら仕方がない」

という話だったのかもしれません。

でも僕の中では、自分の存在そのものを否定されたように感じるほど大きな出来事でした。

周囲にはたくさん人がいる。

チームにも所属している。

それなのに、

ものすごく孤独でした。

強烈な疎外感がありました。

「誰にも分かってもらえない」

「自分はここに必要なんだろうか」

そんなことを何度も考えました。

完全に腐っていた時期もあります。

実家に戻り、半年以上ほとんど前へ進めなかった時期もありました。

そんな僕に母は、

「頑張れ」

とも、

「立ち直れ」

とも言いませんでした。

ただ見守ってくれました。

今なら、そのありがたさが分かります。

何か正しい答えをくれることよりも、

「一人じゃない」と感じられることが、人を前へ進ませることがある。

僕がそれを知ったのは、あの頃だったのかもしれません。

努力しても、欲しい結果が手に入らないことはある

僕は、

「努力は必ず報われる」

とは言えません。

自分自身がそうではなかったからです。

治療もしました。

復帰したくて、できることはやりました。

それでも大学4年間、試合には一度も出られませんでした。

努力しても、欲しかった結果が手に入らないことはあります。

でも、

「あの4年間はムダだったのか?」

と聞かれたら、答えははっきりしています。

NOです。

光が当たらない側の景色を知りました。

頑張っていても結果が出ない人がいることを知りました。

明るく振る舞っていても、心の中では苦しんでいる人がいることを知りました。

誰にも理解されていないと感じる孤独も知りました。

高校時代の成功と、大学時代の挫折。

今では、

どちらも今の自分をつくってくれた、大切な経験

だと思っています。

「諦めたらそこで試合終了!」

大学4年生。

最後の部員挨拶で、僕は、

「諦めたらそこで試合終了!」

というタイトルの記事を書きました。

結局、大学では一度も試合に出ることができませんでした。

でも、

人生そのものまで諦める必要はない。

ラグビーで思い描いていた未来には行けなかった。

でも、別の未来はいくらでもつくれる。

当時の僕が、そこまできれいに言語化できていたかは分かりません。

でも、この感覚は今も自分の中に残っています。

うまくいかなかった出来事で、未来まで決めなくていい。

これは経営者になってからも、何度も自分を前へ進ませてくれた考え方です。

「病気に左右される人生にはしたくない」

ラグビーを終えた後、僕は公認会計士を目指しました。

理由はシンプルでした。

「病気に左右される人生にはしたくない。」

立派な志があったわけではありません。

もう一度、自分の力で人生を前へ進めたかった。

最初の模試はほとんどビリでした。

そこから勉強を続け、2007年に公認会計士試験に合格しました。

合格番号を見つけたときは、

「やった!」

というより、

「やっと終わった……」

という感覚の方が強かったことを覚えています。

でも、公認会計士になったことで、もう一度、自分が社会から必要とされているという感覚を持つことができました。

それは僕にとって、とても大きなことでした。

「経営者は、孤独だよ」

その後、大手監査法人に入りました。

素晴らしい環境でした。

たくさん勉強もさせてもらいました。

一方で、仕事を続ける中で、自分が本当にやりたいことについて考えるようになりました。

監査では、第三者として会社をチェックすることが求められます。

もちろん、とても大切な仕事です。

でも僕は、

もっと誰かと、

同じ方向を向いて仕事がしたい

と思うようになりました。

そんな頃、恩師から言われた言葉があります。

「経営者は、孤独だよ。」

その言葉は、なぜか自分の中にすっと入ってきました。

小学生の頃、一人で教室にいた自分。

大学生の頃、

「誰にも理解されない」

と感じていた自分。

もちろん、経営者の孤独とは違います。

でも、

周りに人がいても、一人になることがある。

その感覚を、僕自身が知っていたからなのかもしれません。

会社ではトップにいる。

社員の前では決断しなければならない。

家族には心配をかけたくない。

最後に責任を取るのは自分。

経営者には、経営者にしか見えない景色があります。

だったら僕は、チェックする側ではなく、

その人の隣で、一緒に考える側に行きたい。

そう思いました。

30歳で独立しました。

何もなかったから、目の前の人に向き合った

独立は、監査法人の先輩との共同経営から始まりました。

そして3か月で解散しました。

今では、

「スピード離婚でした」

と笑って話せますが、当時は必死でした。

お客様もほとんどいない。

営業経験もない。

税務実務にも十分な自信がない。

だから、できることをやるしかありませんでした。

誘っていただいたら会いに行く。

分からなければ調べる。

そして、

「今、目の前にいる人のために何ができるか」

を考える。

そんなことを続けているうちに、少しずつお客様が増えていきました。

そんな頃、まだ小さかった事務所に、一人の経営者が訪ねてきてくださいました。

その方が、

「ホームページに書いてあった『一人で悩む経営者のそばにいたい』という言葉を読んで来ました」

と言ってくださったんです。

驚きました。

自分が大切にしていることを、ただ一生懸命言葉にしただけでした。

でも、

想いは、届くことがある。

その経験は今でも忘れられません。

僕が「想い」という言葉を大切にしている原点の一つです。

数字の向こうには、必ず人がいる

独立して数年経った頃、

ある社長から、

「力丸さんは、ほかの会計士さんと何が違うんですか?」

と聞かれたことがあります。

そのとき、うまく答えられませんでした。

そこで改めて、

「自分たちは何のために存在するのか」

を考えるようになりました。

たどり着いた考えの一つが、

「税務は、経営判断を超えない。」

という言葉です。

決算書に並んでいる数字は、単なる数字ではありません。

その数字の前には、必ず経営者の意思決定があります。

迷った。

悩んだ。

覚悟を決めた。

その一つひとつが数字になっています。

だから僕たちは、数字だけを見たくない。

その数字の向こうにいる経営者を見たい。

そう思うようになりました。

そして今、改めて思うこと

僕自身、今も腎臓の病気と付き合っています。

現在の腎機能は15%前後。

透析や移植についても、現実的な選択肢として考える段階になっています。

数年前には、不整脈によって一時的に心停止する出来事もありました。

もちろん、不安がないわけではありません。

怖いと思うこともあります。

でも、

病気があるから人生を悲観しているかと言われると、僕はまったく逆です。

むしろ、

限りがあるからこそ、今を思い切り生きたい。

そう思っています。

会社ももっと良くしたい。

仲間ともっと挑戦したい。

家族との時間も大切にしたい。

まだまだ見たい景色があります。

まだまだ成長したい。

そして病気について周囲に話すようになったことで、一つ気づいたこともあります。

以前の僕は、

「強くあること」と、

「何でも一人で抱えること」を、

少し混同していたのかもしれません。

人に頼ること。

不安を口にすること。

誰かと一緒に考えること。

それは弱さではない。

むしろ、

前へ進むための力になることもある。

今はそう思っています。

だから、経営者の隣にいたい

この気づきは、僕が日々向き合っている経営者の皆さんとも重なります。

経営者は、強い人が多いです。

自分で決める。

自分で責任を取る。

簡単には弱音を吐かない。

僕も、そんな経営者の皆さんを心から尊敬しています。

でも、

強い人だからこそ、一人になってしまうことがある。

「大丈夫ですよ」

と言いながら、頭の中ではずっと考えていることがある。

社員には言えない。

家族には心配をかけたくない。

そんなとき、

一緒に考える人がいるだけでも、少し景色が変わることがあります。

答えを代わりに出すのではない。

経営者の代わりに決めるのでもない。

でも、

一緒に整理する。

一緒に悩む。

そして、決めたら一緒に前へ進む。

僕は、そんな存在でありたいと思っています。

「力丸」という名前を手放して考えたこと

ある経営者の友人から、

「力丸って名前、手放してみたら?」

と言われたことがあります。

自分の名前を冠した事務所を14年間経営してきた僕には、かなり衝撃的な一言でした。

でも、その言葉をきっかけに考えました。

僕は、力丸宣康一人が活躍する会社をつくりたいのか。

それとも、

仲間一人ひとりが主役になり、想いが受け継がれていく会社をつくりたいのか。

答えは明確でした。

後者です。

だから、RICKグループとして、また新しい挑戦を始めています。

僕一人に依存しない。

僕がいなくても、大切にしてきた想いがお客様に届く。

仲間一人ひとりが、自分の人生を豊かにしながら、お客様の未来に本気で向き合える。

そんな会社をつくりたいと思っています。

すべての経験は、未来につなげられる

10歳で病気になったこと。

一人で教室にいたこと。

仲間と出会ったこと。

ラグビーに夢中になったこと。

高校で九州大会優勝を経験したこと。

大学で一度も試合に出られなかったこと。

強烈な孤独を感じたこと。

公認会計士になったこと。

独立したこと。

そして、経営者になったこと。

振り返ると、どれか一つでも欠けていたら、今の自分はなかったと思います。

病気になって良かった、とは思いません。

できることなら健康でいたい。

大学でもラグビーをやりたかった。

でも、

起きた出来事を変えることはできなくても、

その経験を、これから何につなげるかは自分で決められる。

僕はそう思っています。

大学4年生の最後に書いた、

「諦めたらそこで試合終了!」

という言葉。

20年以上経った今も、根っこはあまり変わっていないのかもしれません。

未来を諦めない。

成長を諦めない。

挑戦することを諦めない。

ただ、昔と少し違うのは、

今はそれを、

一人でやろうとは思っていない

ことです。

家族がいる。

仲間がいる。

お客様がいる。

一緒に未来をつくっていける人たちがいる。

そう思うと、

これからがまだまだ楽しみです。

「孤独な経営者と、想いを共有する。」

改めて自分の人生を振り返ってみると、

なぜ僕がこの仕事をしているのか、少しだけ分かった気がします。

僕はこれからも、経営者の数字を見ます。

でも、

数字だけを見ることはしません。

その数字の向こうにいる人を見る。

その人が何を実現したいのか。

何に悩んでいるのか。

どんな未来をつくりたいのか。

そこまで一緒に考える。

そして、決めた未来へ一緒に進む。

「孤独な経営者と、想いを共有する。」

会社のMissionとして掲げている言葉ですが、

改めて振り返ってみると、その言葉は会社をつくるよりずっと前から、僕自身の人生の中にあったのかもしれません。

小学生の頃、一人で教室にいた僕。

大学生の頃、誰にも理解されていないと感じていた僕。

だからこそ今、

誰かが一人で抱えているものを、少しでも一緒に持てる人でありたい。

僕自身も、まだまだ成長の途中です。

これから先も、思い通りにならないことはきっとあると思います。

でも、それも含めて楽しみながら、

仲間と一緒に、

お客様と一緒に、

まだ見たことのない未来をつくっていきたい。

未来を諦めない。

これからも、

そんな気持ちで経営者の隣を歩いていきたいと思っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


監修:公認会計士・税理士 力丸 宣康

新日本有限責任監査法人を経て独立。現在、力丸公認会計士事務所所長、九州有限責任監査法人理事長。中小企業の税務・会計・財務・経営支援に取り組む。